愛知県仏教会

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愛知県仏教会会長
真宗大谷派 正賢寺住職

県下、各御寺院ご住職様方におかれましては、日々のご法務・布教活動に、ご活躍のこ ととお慶び申し上げます。 平素は、愛知県仏教会の為に、ご理解・ご協力を賜り厚く御礼申し上げます。
この度、平成二十六年四月十五日の愛知県仏教会常務理事会並びに同年六月十二日の、同 総理事会において、吉田前会長の後任としてご推挙を賜り、愛知県仏教会会長のお役を お受け致すこととなりました。さらには全日本仏教会理事・愛知県宗教者連盟理事の重 責も担う事となりました。 今まで築いてこられた歴代会長様のご労苦を改めて頂戴し、 新役員と共に、一致団結してこの責務を全うして行きたいと存じます。何卒諸大徳各位の、 ご指導・ご協力を引き続きお願い申し上げます。

以下、私自身の思うところを言葉にしながら、自己紹介をさせて頂きます。諸大徳皆々様 におかれましては、人前でのお話をするということは、もう常日頃の法務にてプロ中のプ ロと存じますが、私にとっては未だに、人前でのお話の難しさと同じように文章にて人 に伝える事の難しさを痛感いたして居るところでございます。
今回は、私の歩んできた道を振り返りながら、自己紹介を兼ねてお話してみようと思 い、「私の生い立ちと仏縁」として綴ってみたいと思います。自分の歩んできた道なの で、しっかりとお伝えを出来るかと思いますが・・・。
私は二十五歳で、名古屋市中村区の一末寺の住職に任命されました。生まれは尾西市(現 在は尾張の一宮市)のある寺の四男として生まれました。ですから、生まれたその時か らお寺との「縁」は有ったのですが、住職に成る寸前までは、お寺を継いで行くんだ というそれらしき「自覚」ともいうものが無かったのでございます。八人の兄弟・姉妹で、 父親を中心として小さい時から田畑を耕しました。
当時はすべてが手作業で、父親に怒鳴られながら田畑の仕事をやった事を覚えてい ます。小学生の頃だと思いますが、霜の降りた寒い朝、学校へ行く前に兄達と稲刈り をやってから登校した思い出もあります。今では田畑の面積は少なくなっていますが、 それでも長男が一生懸命やっております。小・中・高等学校と学校に行きながら田畑 の手伝いをするという、そんな生活が続きました。
得度式は小学校六年の時、上の兄二人と共に京都東本願寺にて受けましたが、私は四 男に生まれた為か、高校二年生の十月頃に、英語の教師に成って一生を送ろうと決心 したものでした。 そのために大学生活も英語を専門に学んできました。クラブ活動も英語部(ESSクラ ブ)に入り、近隣のキリスト教会にも良く通いました。当時、一回行くたびに百円玉を手 に握って行ったのを覚えています。時は、各大学において学園紛争の真っ只中で、大阪 で日本初の万国博覧会が開かれた頃に、京都の大学に通い、一年ほど英語を学びまし た。
その後、ある高校で英語の教師として勤めておりました時に、「入寺」というご縁に出 会ったのであります。その時、「教師」と「僧侶」という二つの職業について、頭の中で 葛藤する中で、フト過去の言葉が浮かんできました。それは私が豊橋の大学を卒業す る頃のことで、私の英語の指導教授で六十歳位に成られる先生の言葉ですが、
「君は寺生まれだなぁ。本当に君は幸せ者だと思うよ。僕みたいにこの歳まで何十年 と英語の教鞭を執ってきて今思うことは、この辺で英語学から転じて国文学等を勉 強したいと思うもんだよ。そしてそれにはなぁ、やはり日本人は東洋思想の中心である仏 教を純粋に学ばなきゃいかんと思うもんだよ。」
と、しみじみお話されたのが頭に浮かんできたのです。そして、私自身も「入寺」する時 に、確かに学校での教師の役割も、社会的に大きな意味を持っているが、それ以上に 「僧侶」として、地域社会に対しては、もっともっと大きな役割を為すものであり、自分 としても「やりがい」のある仕事だと考えた訳です。

このようなことがあって、何の抵抗も無く頭の切り替えにより、入寺しそして現在に いたっている次第です。さらに「同朋大学」に通いながら、自坊での遅れていた宗祖親鸞 上人七百回御遠忌法要を厳修し、とにかく、今日現在まで無我夢中で勤めさせて頂いて居 るわけでございます。
だから私にとっては、常に今日この場面こそが、「学習の大事な御縁」と思い、「仏道 は実践道である」との思いから、さらに「真宗のみ教え」を学びながら、一歩一歩進ん でいきたいと思っております。
誠に、我々はこの素晴らしい日本に生まれながら、実際の生活の有様は、西洋の物質 至上主義の生き方をしております。特に近年はあらゆる面で、物価・物質の価値の騰貴 が見られ、人間の心より物の値打ちの方が大きいと云う、そんなおかしな世の中にな ってしまったと思います。
ある意味では、西洋的な物の考え方の悪影響が現実に表れて来たのではないかと・・・、 昨今このような事が顕著に見られるように感じます。昔から「灯台下暗し」といいます が、これは一面真理をついた言葉だと思います。と云いますのも、私達は日本に生まれ、 日本に生まれながらにして、東洋思想の根本である「仏教」に出遭えているのであり、そ の機会に誰しも恵まれているものです。即ち、「おぎゃぁ~」と生まれた瞬間から「人」 として、「人間」として一番大切なことを教えてくださる「仏縁」に遇わせて頂いて居る のであります。何も西洋の物質中心の思想を取り入れる必要も無いのであります。まさ に「灯台下暗し」です。
このことを我々は、今一度考えてみる必要があるのではないかと思うのであります。

私達の宗派 真宗大谷派では 各家でのご法事等の表白で
「本日ここに 釋○○法位の○○回忌にあたり 有縁の人々 相寄り集い 亡き人を偲びつつ 如来のみ教えに
遇いたてまつる それ阿弥陀如来は久遠のいにしえ われら
凡夫のために 大悲の本願をおこしたまい われらのすくいを誓いたまえり 釈尊 世 に出でまして 如来の悲願を
説きたもうや 世世の高僧これを承け継ぎ 正法を
明らかにし 宗祖 親鸞上人 したしく教行信証を
あらわして 本願の正意を顕彰したまえり
われら今 宿縁のもよおしにより 真実のみおしえに
遇いたてまつり 慈光のうち 歓喜の日々に生く
いま この法会に値いて 報謝のおもい いよいよ新たなり
相共に 如来大慈の恩徳をあおぎ 師主知識の遺徳を
よろこび つつしみて報恩の大行にいそしまん
敬って 白す」と
うやうやしく表白し、読経の後参詣者と共に、声たからかに
「正信偈同朋奉讃」のお勤め、法話等をして終えます。

各法要の次第は住職の手腕に任されていますが、参詣者との尊い「ご縁」を大切に する意味でも、「法話」は必ず行ないたいと存じます。法話の内容は無数の「テーマ」 ・「課題」があろうかと思いますが、前述の「表白」に在りましたように、すべての法要 は我々僧侶含めて、参詣者一人ひとりが、如来の真実のみ教えに出遇う大切な「場縁」 であります。また 出来ますれば法要後の「お斎」(会食)にもご出席頂いて参詣された 方たちと、膝を交えての会話も大切にしていきたいものです。

また、下世話なことでは有 りますが、都会において車での、月参り・法事等の時、お互いの境内地等で駐車するこ とを、共助の精神をもってお許し頂ければ有り難い事であります。会員、諸師のご理解 ・ご協力を切にお願いいたします。
最後に愛知県仏教会には、「新宗教」等を除いて、奈良・平安時代から鎌倉時代に至ま での多くの宗旨・宗派がございます。おしなべて、全宗旨・宗派をマスターする事は不 可能と存じますので、まず「ご縁」のあるお寺様の宗旨・宗派に依って立って、すべ ては「お釈迦様」の教えであると云う事を踏まえて、ひいては各お祖師様のみ教えを、 この私の生身の身体で受け止め、各個人が体感して頂ければ良いと思います。
「仏法は、聴聞に極まる」とも頂戴しております私ですが、東西本願寺第八代目の蓮如 上人(室町時代を生きられた中興の祖)は、「御文」(門徒へのお手紙)の中で、「ねても さめてもいのちあらんかぎりは 称名念仏すべきものなり あなかしこ あなかしこ」 と申されています 。

今日、地球レベルで混沌とした大変な時代社会の真っ只中で、共に何をおいても大切 な仏法を聴聞して、この「み法」を我が生活の根幹に頂き、賜った限りある我が人 生を、穏やかでスマートに、そして精一杯生き切って行きましょう。
最後までお目を通して頂き、有難うございました。
合 掌


〔会長自坊〕
真宗大谷派 正賢寺
名古屋市中村区


 
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